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DISCOVER 04 · WHAT IS SIN?

「罪」って、なんだろう?

聖書を読んでいると、何度も出てくる言葉があります。

罪。

罪と聞くと、犯罪や、人を傷つけること、してはいけないこと。そんなものを思い浮かべるかもしれません。

もちろん、それも罪を考える入口の一つです。

でも聖書が語る罪は、それだけではありません。

もっと深いところにある、神様と人との関係についての言葉なんです。

MORE THAN RULES

罪は、ただ「悪いこと」をしたというだけではありません。

聖書では、神様のことばに背くこと。神様に従わず、自分の思いを神様より上に置くこと。それも罪として語られます。

つまり、ルールを一つ破った、というだけの話ではありません。

「神様ではなく、自分が中心になること」。

そこに、聖書が語る罪の深さがあります。

1ヨハネ 3:4 / 申命記 9:7
REBELLION

聖書には、神様に逆らおうとする存在も登場します。

キリスト教の伝統では、神様に逆らい、自らを高くしようとした存在を、いわゆる「ルシファー」や「サタン」として語ってきました。

「もっと高くなりたい。」「神のようになりたい。」

神様を神様として受け取るのではなく、自分をその場所へ置こうとすること。

そこに、反抗としての罪の始まりを見る理解があります。

イザヤ 14:12–15
EDEN

そして、その誘惑は人間にも向けられます。

創世記3章では、蛇がアダムとエバに、神様のことばを疑わせます。

そして、神様に従うのではなく、自分で善悪を決めようとする方向へ誘います。

その結果、人と神様との関係に断絶が生まれました。

「神様ではなく、自分が決める。」

エデンの物語にも、反抗としての罪の姿が現れています。

創世記 3章
WITHIN US

でも、罪は昔の物語の中だけにあるものではありません。

「あの人は悪い。」「自分はそこまで悪くない。」そうやって比べれば、話は簡単かもしれません。

でも聖書は、罪を誰か特別な悪人だけの問題にはしません。

アダムを通して、罪は人間の世界に入ったと語ります。

そして、罪に傾く性質そのものが、人間の内側にある。

聖書が描く罪は、私たち一人ひとりに関わる問題なんです。

ローマ 5:12
INHERITED

聖書は、この状態が人類へ続いていったと語ります。

私たちは、親から身体的な特徴や、さまざまな性質を受け継ぎます。

キリスト教では、アダムから始まった罪に傾く性質も、人類へ続いていると理解してきました。

ダビデも詩篇の中で、自分が生まれた時から罪の現実の中にいることを嘆きました。

罪とは、何をしたかという行動だけではなく、人間の内側にも関わる問題。

聖書は、そう語っています。

詩篇 51:5
DEATH

そして聖書は、罪と「死」を結びつけます。

ローマ人への手紙は、一人の人を通して罪が世界に入り、罪によって死が入ったと語ります。

また、罪がもたらすものとして「死」を語ります。

罪とは、単にルール違反で終わるものではありません。

神様から離れていくこと。命の源である方との関係が壊れていくこと。

聖書は、その行き着く先を「死」という言葉で表しています。

ローマ 5:12 / ローマ 6:23
WHAT WAS LOST?

では、罪によって私たちは何を失ったのでしょう。

神様との関係。命。そして、人が本来生きるはずだった神様との交わり。

もし罪の問題が、「少し悪い行いを減らせばいい」というだけではなく、神様との関係そのものに関わるのなら。

本当に必要なのは、もっと立派になることだけではないのかもしれません。

失われた関係が、もう一度つながること。

そこで、次の問いが出てきます。

本当の幸せって、なんだろう?

罪について考えると、次の問いが見えてきます。
神様との関係が回復されるとき、人は何を取り戻すのでしょう。

Episode 05 · 本当の幸せって、なんだろう? →