本当の幸せって、なんだろう?
幸せになりたい。
たぶん、そう願ったことのない人は、ほとんどいないと思います。
安心できる生活。大切な人。やりたかったことを実現すること。
どれも大切です。
でも、ずっと欲しかったものを手に入れたのに、なぜか心のどこかに
「これだけなのかな」
と残ることがあります。
目標を達成しても、次の何かを探してしまうことがあります。
もっと成功したら。もう少しお金があったら。もっと認めてもらえたら。
いい人間関係に恵まれたら。もっと楽しく生きられたら。
私たちは、いろいろなものに幸せを探します。
それ自体が悪いわけではありません。
でも、一つの目標を手に入れても、心の問いが全部消えるとは限りません。
「私は、何のために生きているんだろう。」
人は、何によって満たされるのでしょう。
仕事。豊かさ。人間関係。楽しみ。誰かからの評価。誰かの役に立つこと。
どれも、人生を豊かにしてくれるものです。
でも、それらを手にしてもなお、心の中に埋められない空しさを感じることがあります。
もしかすると、人が探しているものは、「何を持っているか」だけでは説明できないのかもしれません。
聖書は、その問いを「神様との関係」から見ます。
前のEpisodeで見たように、聖書は、罪によって人と神様との関係が壊れたと語ります。
人間は、神様なしでも生きられるように見えます。仕事もできます。笑うこともできます。誰かを愛することもできます。
でも聖書は、人が造られた本来の関係から離れていると語ります。
人生の意味を考えるとき、聖書が出発点に置くのは、失われた神様との関係なんです。
そして聖書は、その関係がイエス・キリストによって回復されると語ります。
神様との関係を、自分の努力だけで取り戻すのではありません。
新約聖書は、イエス・キリストを通して神様へ近づく道が開かれたと語ります。
罪を認め、向きを変え、イエスに信頼する。
そこから新しい命が始まると、聖書は語っています。
でも、それで全部終わりではありません。
「イエス・キリストを信じた。」それは大きな始まりです。
でも信仰は、救い主として受け入れたところで終わるものではありません。
イエスに従って歩く。そのことばを学ぶ。聖書を読む。祈る。日々の中で、教えられたことを生きてみる。
信仰は、一度の答えではなく、イエスと歩いていく人生へ続いていきます。
イエスは、疲れた人を招きました。
「もっと頑張れ」と突き放すのではなく、疲れている人、重荷を負っている人に、自分のもとへ来るよう呼びかけました。
また、命を豊かに持つために来たとも語りました。
それは、何も困らない人生になる、という約束ではありません。
それでも、苦しい時にも、迷う時にも、一人で人生の意味を作り続けなくていい。
神様との関係の中で、今日を生きていくことができる。
本当の幸せは、何でも思い通りになることなのでしょうか。
聖書が示しているのは、少し違う幸せです。
神様との関係が回復され、自分が何者なのかを知り、イエス・キリストとともに生きていくこと。
そこから、人生の意味や目的を受け取っていくこと。
ここまで、5つの問いを見てきました。イエス・キリスト。神様。聖書。罪。そして、本当の幸せ。
でも、信仰は知識を集めて終わるものではありません。
聖書のことばを、今の生活の中でどう生きるのか。
その続きを、礼拝や日々のメッセージで見ていきましょう。
ここまでが、DISCOVERの5つの問いです。
次は、聖書のことばが今日の生活にどうつながるのか。








